2015年10月28日

事実を受け入れるのは辛いのか

今日も息子と卓球をしてきた。もちろん、コテンパンにやられる。勝負で負けるのは良いとしても。彼の練習にもならないのは、とても申し訳ないと思う。親として十分な練習環境を作ってあげられないことを悔しくも思う。

でも、今自分に出来ることは、自分がスキルアップして、彼の練習に付き合えるような質の高いプレイヤーになることだ。その為にすることは、すべて自分の事である。

練習の帰りに「ラバーが合わないのかな?」と問うてみた。すると「どのラバーでも一緒。入るような打ち方になってないから。」と言われた。真実の言葉である(笑)これは自覚はあるのだが、そうは認めたくない部分なのだ。

でも、考え方を変えれば、打ち方を変えるだけでスキルアップ出来るのである。これほどシンプルなことはない。駄目な原因が明確になれば、悩む必要はなく、その練習をすればよいのだから。

勉強が出来ないという子供がいる。「足し算が出来ない。」という子と「算数が嫌い。」という子は全く違う話だと思う。まして「何を勉強したらよいのか分からない。」という"何が分からないのかが、分からない"というところまで行ってしまうとかなり大変なことになる。

まず"わかる"という部分、"出来る"という部分を自覚しなければいけない。その上で、次の作業への繋がりを上手くして、次の作業を"出来る"という風にしていく。

卓球って、サーブだけスペシャルでも勝てないし、レシーブだけスペシャルでも勝てない。そして、どれか一つだけスペシャルになってから、次に進むようなやり方では駄目だと思う。これは釣りも一緒で、キャストはスペシャルだけど、フッキングがダメとかじゃあ話にならない。ただ、順序はある。釣りはキャストから始まるし、卓球はサーブから始まる。これは事実だし、キャストは魚が居なくても練習出来るし、サーブは相手が居なくても出来る練習だ。

話を戻して、自分のダメな部分を指摘されると、とても辛い・・・と一瞬思ってしまう。でも、それはステップアップのヒントを貰えたという事。相手が子供であっても感謝しなければいけないことなのだ。それに、親のダメなところを的確に指摘できるなんて、まあ素晴らしい能力だなと。自分は出来なかったように思うから。

何を書いているのか分からなくなってきたが、要は「道具に逃げないで、ちゃんと努力しなさいな。」と自分に言い聞かせる為に書いている(笑)
頭の中でモヤモヤっと考えていては、結局何も生まないし、何も考えてないに等しい。頭の中のモノは、外に出してこそ整理される。アウトプットすることがとても大事。情報社会だからこそ、インプットはとても簡単に出来る。でも、それをアウトプットする=表現することが、とても大事なことだと思う。

さあ、明日はゆったりと釣りを楽しんで来ようと思う。気になることをすべてやろう。欲張って生きていこう!

posted by D.Tanaka at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ダイスケ的心理学
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